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 2年で4万キロを突破した車のタイヤ交換をしながらの話で、若者たちの車離れの話題になり、自分の感覚とのずれに驚いてしまいました。

若かりし頃の憧れは、マイカーを持つこと、それも憧れの車に乗ることでしたが、小学生の頃に嗅いだガソリンの香りは、手の届かない遠い存在の象徴でもありました。

今や車という存在は、手の届かない遠い存在では無くなりましたから、それを追い求めるのは当然なはずなのですが、実はそうでもないというのは、若者たちの精神にどのような変化が生じているのでしょうか。

 自分たち世代が、いろいろな車に憧れ、追い求めてきた理由は、今の若者たちとは異なった生育環境が大きく影響しているのかも知れません。

夢の存在であればあるほど、それを希求する心が強くなりますが、簡単に手に入る存在は、夢の存在とはなり得ないでしょうから、今の若者たちにとっては、車という存在は、決して、夢の存在にはなり得ないというわけなのでしょうか。

勿論、夢の存在ではなくなったとは言っても、経済的な負担はまだまだ大きいわけですから、それほどまでして追い求めるほどの価値はない、というわけでしょうか。

 では、彼らが夢の存在、憧れとして追い求めているものは何なのでしょうか。

昔の貧しさが、私たちに夢を与えたこととは反対に、現在の豊かさが、若者たちの夢を奪ってしまったのでしょうか。

夢を追い求めることが、生きる原動力になると思うのですが・・・